5月31日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第1主日・ペンテコステ)

10:15通信の確認

10:30~

招詞:つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうと、ギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼(バプテスマ)を受け、皆一つの霊を飲ませてもらったのです。(コリントの信徒への手紙1 12章13節)

創世記1章14~31節

 神は言われた。 「天の大空に光る物があって、昼と夜とを分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ。」 そのようになった。神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。昼と夜を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。夕べがあり、朝があった。第四の日である。 神は言われた。 「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」 神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼のある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた。 「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」 夕べがあり、朝があった。第五の日である。 神は言われた。 「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」 そのようになった。神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた。 「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして、海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」 神は御自分にかたどって人を創造された。 神にかたどって創造された。 男と女に創造された。  神は彼らを祝福して言われた。 「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」 神は言われた。 「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあななたちに与えよう。それがあななたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」 そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。

使徒言行録2章1~4節

 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風がて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、”霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

讃美歌:こどもさんびか34番②

    讃美歌21-353番、69番

説教題:見よ、神が祝福するすべてを

説教:島津牧師

*聖餐式はありません 

5月24日 主日礼拝のご案内(復活節第7主日)

長野県は緊急事態宣言が解除されましたが、3密を避けるため5月いっぱいは限られた人数で、通信手段を併用しての礼拝を守りつつ、段階的に通常の公同礼拝を再開していく予定です。
申し訳ありませんが、ご理解下さい。

10:15 通信の確認

10:30~11:10

招詞:あなたがたの中でよい業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。(フィリピ信徒への手紙1章6節)

創世記1章1~13節

 初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。 「光あれ。」 こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。 神は言われた。 「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」 神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第二の日である。 神は言われた。 「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」 そのようになった。神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた。 「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ。」 そのようになった。地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。 夕べがあり、朝があった。第三の日である。

ヨハネによる福音書7章37~39節

 父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。

讃美歌:こどもさんびか34-1番

    讃美歌21-55番①③、503番①②③

説教題:神は言われた。光あれ

説教:島津牧師

5月17日 主日礼拝のご案内(復活節第6主日)

長野県は緊急事態宣言が解除されましたが、3密を避けるため5月いっぱいは限られた人数で、通信手段を併用しての礼拝を守りつつ、段階的に通常の公同礼拝を再開していく予定です。
申し訳ありませんが、ご理解下さい。

10:15 通信の確認

10:30~11:10

招詞:むしろ、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます。(エフェソの信徒への手紙4章15節)

申命記11章26~28節

 見よ、わたしは今日、あななたたちの前に祝福と呪いを置く。あなたたちは、今日、わたしが命じるあなたたちの神、主の戒めに聞き従うならば祝福を、 もし、あなたたちの神、主の戒めに聞き従わず、今日、わたしが命じる道をそれて、あなたたちとは無縁であった他の神々に従うならば、呪いを受ける。 

ヨハネ21章20~25節

 ペトロが振り向くと、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのが見えた。この弟子は、あの夕食のとき、イエスの胸もとに寄りかかったまま「主よ、裏切るのはだれですか」と言った人である。ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」それで、この弟子は死なないといううわさが兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスは、彼は死なないと言われたのではない。ただ、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか」と言われたのである。 これらのことについて証をし、それを書いたのは、この弟子である。わたしたちは、彼の証が真実であることを知っている。 イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたしは思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。

讃美歌:こどもさんびか34-5番

    讃美歌21-53番①④、516番①③⑤

説教題:彼は彼、あなたはわたしに従いなさい

説教:島津牧師

5月10日 礼拝のご案内(復活節第5主日)

COVID-19の感染防止のため長野県でも外出を極力避ける宣言がされました。

とても、残念ですが、4月19日の礼拝から当面「集まっての礼拝」を中止します。一部の出席出来ない方々とは、電話の音声で同時的に礼拝に参加できていますが、不特定多数とはまだ技術的にできません。申し訳ありませんが、当面、別の方法を検討しますのでご理解下さい。

10:15 通信の確認
10:30~11:10

招詞:さて、あなたがたは、キリスト共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。(コロサイ3章1節)

出エジプト記15章22~27節

 モーセはイスラエルを、葦の海から旅立たせた。彼らはシュルの荒れ野に向かって、荒れ野を三日の間進んだが、水を得なかった。マラに着いたが、そこの水は苦くて飲むことができなかった。こういうわけで、そこの名はマラ(苦い)と呼ばれた。民はモーセに向かって、「何を飲んだらよいのか」と不平を言った。モーセが主に向かって叫ぶと、主は彼に一本の木を示された。その木を水に投げ込むと、水は甘くなった。 その所で主は彼に掟と法とを与えられ、またその所で彼を試みて、言われた。 「もしあなたが、あなたの神、主の声に必ず聞き従い、彼の目にかなう正しいことを行い、彼の命令に耳を傾け、すべての掟を守るならば、わたしがエジプト人に下した病をあなたには下さない。わたしはあなたをいやす主である。」 彼らがエリムに着くと、そこには十二の泉があり、七十本のなつめやしが茂っていた。その泉のほとりに彼らは宿営した。

ヨハネによる福音書21章15~19節

 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。 はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるのかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに「わたしに従いなさい」と言われた。

讃美歌:こどもさんびか34-4番、

    讃美歌21-333番①⑤、519番①③

説教題:死ぬ時まで続けなさい

説教:島津牧師

5月3日 礼拝のご案内(復活節第4主日)集まれないけれど

COVID-19の感染防止のため長野県でも外出を極力避ける宣言がされました。

とても、残念ですが、4月19日の礼拝から当面「集まっての礼拝」を中止します。一部の出席出来ない方々とは、電話の音声で同時的に礼拝に参加できていますが、不特定多数とはまだ技術的にできません。申し訳ありませんが、当面、別の方法を検討しますのでご理解下さい。

10:15~通信の確認
10:30~11:10

招詞:

だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。

古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。コリントの信徒への手紙(2) 5章17節

イザヤ書42章16節 目の見えない人を導いて知らない道を行かせ   通ったことのない道を歩かせる。 行く手の闇を光に変え   曲がった道をまっすぐにする。 わたしはこれらのことを成就させ   見捨てることはない。

ヨハネによる福音書21章1~14節

 その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。 シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べるものがあるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ぺトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。さて、陸に上がってみると、炭火が起こしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。イエスが死者の中から復活された後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。

讃美歌:こどもさんびか34-3番

     讃美歌21-333番①④、572番①③

説教題:3度目の召命

説 教:島津牧師