3月8日 主日礼拝のご案内(受難節第2主日・レント2)

10:35~11:40

*子どもの礼拝10:15~10:30

招詞 :しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。(ローマの信徒への手紙4章8節)

エレミヤ書5章20-25節

 これをヤコブの家に告げ、ユダに知らせよ。 「愚かで、心ない民よ、これを聞け。 目があっても、見えず 耳があっても、聞こえない民。 わたしを畏れ敬いもせず わたしの前におののきもしないのかと 主は言われる。 わたしは砂浜を海の境とした。 これは永遠の定め   それを越えることはできない。 波が荒れ狂っても、それを侵しえず とどろいても、それを越えることはできない。 しかし、この民の心はかたくなで、わたしに背く。 彼らは背き続ける。 彼らは、心に思うこともしない。 『我々の主なる神を畏れ敬おう 雨を与える方、時に応じて     秋の雨、春の雨を与え 刈り入れのために   定められた週の祭りを守られる方を』と。 お前たちの罪がこれらを退け お前たちの咎が恵みの雨をとどめたのだ。」

ヨハネによる福音書3章16~21節

 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。しかし、真理を行うものは光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

讃美歌:子どもさんびか34-5番

    讃美歌21-291番、511番、523番

説教題:闇でなく光にとどまれ

説教:島津牧師

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