5月3日 礼拝のご案内(復活節第4主日)集まれないけれど

COVID-19の感染防止のため長野県でも外出を極力避ける宣言がされました。

とても、残念ですが、4月19日の礼拝から当面「集まっての礼拝」を中止します。一部の出席出来ない方々とは、電話の音声で同時的に礼拝に参加できていますが、不特定多数とはまだ技術的にできません。申し訳ありませんが、当面、別の方法を検討しますのでご理解下さい。

10:15~通信の確認
10:30~11:10

招詞:

だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。

古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。コリントの信徒への手紙(2) 5章17節

イザヤ書42章16節 目の見えない人を導いて知らない道を行かせ   通ったことのない道を歩かせる。 行く手の闇を光に変え   曲がった道をまっすぐにする。 わたしはこれらのことを成就させ   見捨てることはない。

ヨハネによる福音書21章1~14節

 その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。 シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べるものがあるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ぺトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。さて、陸に上がってみると、炭火が起こしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。イエスが死者の中から復活された後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。

讃美歌:こどもさんびか34-3番

     讃美歌21-333番①④、572番①③

説教題:3度目の召命

説 教:島津牧師

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