9月22日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第16主日)

    10:35~11:30 

    *10:15~10:30子供の礼拝

聖書 : マタイによる福音書 18章1~14節

 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきりっておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。私の名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」 「しかし、私を信じるこれらの一人をつまづかせる者は、大きな石臼を首にかけられて、深い海に沈められる方がましである。世は人をつまづかせるから不幸だ。つまづきは避けられない。だが、つまづきをもたらすものは不幸である。もし片方の手か足があなたをつまづかせるなら、それを切って捨ててしまいなさい。両手両足がそろったまま永遠の火に投げ込まれるよりは、片手片足になっても命にあずかる方がよい。もし片方の目があなたをつまづかせるなら、えぐりだして捨ててしまいなさい。両方の目がそろったまま火の地獄に投げ入れられるよりは、一つの目になっても命にあずかる方がよい。」 「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹うぃ山に残しておいて、迷い出た一匹を探しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父のみこころではない。」

    コリント人への手紙2 7章2~16節

 わたしたちに心を開いてください。わたしたちは、だれにも不義を行わず、だれをも破滅させず、だれからもだまし取ったりしませんでした。あなたがたを責めるつもりで、こう言っているのではありません。前にも言ったように、あなたがたはわたしの心の中にいて、わたしたちと生死を共にしているのです。わたしは、あなたがたに厚い信頼を寄せており、あなたがたについて大いに誇っています。わたしは慰めに満たされており、どんな艱難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。

 マケドニア州に着いたとき、わたしたちの身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました。外には戦い、内には恐れがあったのです。しかし、気落ちした者を力づけてくださる神は、テトスの到着によって、わたしたちを慰めてくださいました。テトスが来てくれたことによってだけではなく、彼があなたがたから受けた慰めによっても、そうしてくださったのです。つまり、あなたがたが、わたしを慕い、わたしのために嘆き悲しみ、わたしに対して熱心であることを彼が伝えてくれたので、わたしはいっそう喜んだのです。あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは、神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずにすみました。神の御心に敵った悲しみは、取り消されることのない救に通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。神様の御心に敵ったこの悲しみが、あなたがたにどれほどの熱心、弁明、憤り、恐れ、あこがれ、熱意、懲らしめをもたらしたことでしょう。例の事件に関しては、あなたがたは自分がすべての点で潔白であることを証明しました。ですから、あなたがたに手紙を送ったのは、不義を行った者のためでも、その被害者のためでもなく、わたしたちに対するあなたがたの熱心を、神の御前であなたがたに明らかにするためでした。こういうわけでわたしたちは慰められたのです。

 この慰めに加えて、テトスの喜ぶさまを見て、わたしたちはいっそう喜びました。彼の心があなたがた一同のお陰で元気づけられたからです。わたしはあなたがたのことを少し誇りましたが、そのことで恥をかかずに済みました。それどころか、あなたがたにすべて真実を語ったように、テトスの前で誇ったことも真実になたのです。テトスは、あなた方一同が従順で、どんなにおそれおののいて歓迎してくれたかを思い起こして、ますますあなたがたに心を寄せています。わたしは、すべての点であなたがたを信頼できることを、喜んでいます。

招詞 : 箴言14章26~27節

主を畏れれば頼るべき砦を得 子らのためには避けどころを得る。主を畏れることは命の源 死の罠を避けさせる。
 

讃美歌 : 子供さんびか34番⑤、

      讃美歌21ー359番、441番、92番


説教題 : 神からの悲しみは救いをもたらし


説教 : 島津牧師

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